有機農業の生産者との対談企画・第4弾、加瀬嘉男さんの後編です。
前編 では、多くの有機農家が「肥料は少ないほど野菜は美味しくなる」と考える一方で、有機堆肥を大量に使いながらスッキリ美味しい野菜の生産を続ける、加瀬さん独自の土作りについて伺いました。
後編では、その常識破りとも思える土作りに、どうやって加瀬さんが辿り着いたのか、掘り下げていきます。自然に寄り添うオーガニック農業では、個々の畑の土壌や気候に合わせたオリジナルな農法を編み出す必要があります。加瀬さんのお話には、そのヒントが散りばめられています。
【加瀬】加瀬嘉男さん
土作りでは、有機堆肥なら大量に投入しても大丈夫
【加瀬】まずトウモロコシは、窒素いっぱいあってもいい作物なんだよ。なおかつ梅雨から出来るから、いっぱい入れられる。
【加瀬】肥料を減らすという場合は、どこまで減らすかっていうのが問題になってくるんだけど、山の土だと、窒素(を含んだ肥料)を入れなくても、空気中の窒素とか落ち葉の中の窒素とか、それを利用できる菌がいるんだよ。窒素固定菌とか光合成細菌とか。畑でも、窒素を入れなければその菌が増えてくだよ。だけどな、窒素を切ってから5年くらいは、(その菌だけでは)窒素が足りないんだよ。そこで我慢すれば、菌が増えたのが上がって来て10年目くらい、まぁまぁになるかなと。10年スパンで考えてるんだよ。
で俺は10年は待てないんで、それは諦めて。まぁ減らす方向も考えてるんだけど、様子を見ながらね。
【加瀬】で、窒素があって良い作物と無くても良い作物ってあるわけで、トウモロコシはいくらあってもいいから、いっぱい入れた。それでも美味しいってのは、それを処理するだけの力がもしかして畑にあるのかもわかんない。
いっぱいっても、たかだか15トンぐらいだから、それを分解して処理するだけの能力が、畑の中にあるのかもわかんない。能力の無い畑で入れたら、ぶっ壊れるかもわかんないよな。
だいたい完熟堆肥で、窒素含有率が2%って言われてっだよ。堆肥を1トン入れたら窒素が20kg入んだ。10トンだったら200kg入っちゃう。それ化学肥料で入れたら完全に畑がぶっ壊れる。だけど有機の場合、ぶっ壊れねーんだよな。それはなんだろうかと言われたら、俺はわからないけど。
【加瀬】みんなね、パラパラぁ~っと堆肥まいてっだよ。あれはね、気休めにしかならない気がすんだよ。要するに団粒構造化してザラザラな土をまず作るのが先だと思うんだよ。そこに至るまでは、めちゃくちゃ入れてもいいと思ってる。その代わり作るものは選んでかなきゃいかないけどね。
土の中のことはわからない – 理屈と感性の両輪で取り組む
【加瀬】技術力…いや、ちょっと違うかな。すごい大それたこと言っちゃうけど、作家とか絵描きとかもそうかもわかんないけど、天から指令されてやる、みたいな、それに近しいかなって(笑)
過去の経験があって、大丈夫だって確信はあるんだけどね。だからなんかこう、なんでだって言われても答えられない(笑)
その経験ってハウスの中で作る芋の苗床なんだけどね、たくさん堆肥を使うんだよ。それで苗が終わったら外に出すんだけど、けっこうな量が残るな。それを毎年やってると、10年経ってハウスの中がフワッフワのいい土になってたんだよ。これを畑で再現するには、これくらい(10トン単位で)入れちゃうべ、って俺は選択肢になった。
【加瀬】だからね、畑を通りすがる人何人かに言われた。あんなに堆肥入れて畑ぶっ壊れねーか?って。あぁ、みんなの感覚ってこうなんだなって。俺の感覚が外れてっかどうかわからないけど(笑)
【加瀬】違う違う、慣行(編者注:農薬や化学肥料を使う一般農法)の人。
【加瀬】将棋に例えると、あの若い藤井四段って、コンピューター将棋みたいに恐怖心がないんだってね。2つか3つ手があって、この手で指したら怖いってのは、普通はなかなか手が出せないんだってね。それを彼はポっと出来るってね。
俺コンピューターじゃないんだけど、理論的に安全を考えるならば、これはやらないってなるんだろうけど、俺の場合それがないんだよな。だから、ポーンと上へ飛び越えて「あ、これ成功した」みたいな感じで。それがまた経験になって、また違うこと出来るみたいな。
【加瀬】で、他の人の畑、堆肥パラパラ~っと2~3トン入れるんだろうけど、あの量は俺が見たら気休め程度なんだけどね。だけど彼らは、入れ過ぎたら怖いなっていうのがあるんだろうな。だからたぶん2~3トンしか入れない。
そのペースで、土が、飛行機で言う安定飛行になるために何年かかりますかっていうことを考えたら、俺には時間がないよな。
【加瀬】結果論だけど、畑の中の処理能力っていうのがあるような気がして、きっと土の中のバクテリアだと思うんだけど、1年や2年では作れない処理能力ってあって、その能力があるかないかで違ってくるだろうし、俺の真似して15トンぶっこんで皆成功するかって言ったら違うだろうし。でも最初に何故ぶっこんでみたかって言ったら、計算してやってるわけじゃないんだよな。こう、ぶっこんでみよう、みたいな。
【加瀬】わかってない。俺らもわかってない。
【加瀬】ですよね。
【加瀬】だと思うよ。
常識破りを可能にする感性の力
【加瀬】やっぱ土の処理能力だと思うよ。俺は昔から入れてたんだよ。だけどね、失敗も結構したな、うん。でも最近失敗しなくなったっていうのは、やっぱり土の力っていうか処理能力が良くなってきたんかな。
【加瀬】うーん、まぁ一つの能力なんだけど、俺あんまりそんなの考えてないんだわ。だからさっき、ちょっとオーバーな話しだけどほら、作家が天から降りてくるから書くみたいな部分ってのは、俺の中に多少あるのかも。だから世間の人が言うほど突飛なことをしてるようには、俺の中では感じないんだ。
【加瀬】何だそりゃ。
【加瀬】うん…ま…そう?(笑)
ただの思いつきじゃない – 考え続けることが「ひらめき」を生む
【加瀬】いっぱいあるよ。成功の中から学ぶことってそんなにない、ってよく言うけど、俺ホントにそう思うもん。だから研修生にも、失敗した方がよく覚えるべ?失敗して欲しい、失敗して欲しいって思った方が逆に勉強になっからな、って言ってんだ(笑)
【加瀬】最初はやっぱり失敗ばかりで。だけどいつの頃からか、気がついたら良いのが取れるようになったっていうのが、俺の場合10年以上かかったね。それから、けっこうお金になるようになってきたね。で、段々段々良くなって来たっていう実感が湧いてきたね。その間に畑の土の見方、自分なりの見方が、できたよ。
まぁ簡単にいえばね、塩、砂糖、ザラメって順でね。塩は砂地のイメージね。次が砂糖ってこうフワァ~と柔らかい土、良い土なのにね~って感じがするんだけど、良い野菜が取れないんだよ。一番いいのがザラメ。
【加瀬】うちで一番いい畑ね、この畑は失敗しないんだよ。そこで草取りやったり、ニンジンや大根の間引きやるうちに、無意識に手の感覚、土の感覚は覚えてたんだよ。である時ね、なんのきっかけか忘れちゃったけど、意識し始めたの。この土(ザラメ)なんだって。で、畑はみんなこんな土にしようって。それが俺の一つの目安になったね。
【加瀬】で、炭素の投入って考え始めたってのは、林の土と畑の土の違いを考えたんだよね。林の土ってのは昔から誰も悪いっていう人はいないんだよ。で、林の土は、炭素が多いけど窒素が少ない。畑は逆で、炭素少ないけど窒素が多い。だから林の土に近づけるには、どんどんどんどん炭素、堆肥を入れて、バクテリアを増やすって作業をずっと。これもね、よく考えてやったわけじゃなくて、もう「林の土にしよう、近づけよう」ってだけだよ。
【加瀬】あと畑と林の違いは、林の中にはいろんな植物が共存共栄しているよね。でも、畑ってのはニンジンならニンジンだけ。でも自然はたぶん、ここでニンジン作れっなんてのは一つも言ってないんだよ(笑)
その違いは何かって、まだ自分の中で言葉では言えないけど、ずっと考えとくんだよね。そうすっとね、年々良くなってきてるよ。
まず種の発芽率が全然いいから。で、作物の揃いもいいから。もちろん味もいいし。で、年々良くなってきてる。
【加瀬】あの土だからだと思ってるんだよね。だからあの土を全部に広げようと思ってる。
【加瀬】優しさなんだよな(笑)
土作りができれば無農薬でも「キレイ」な野菜が取れる
【加瀬】ちょっと市場の人と話すことがあってね、マーケティングっていうか、今まで付き合いがあったところ、円を描いてみたんだよ。その中には生協とか自然食品店とか、一部のスーパー、商社があったんだよ。だけど、この円って狭いよな。円の外のマーケットって、いわゆる市場流通だけど、めちゃくちゃ広いよな。俺は円の中に20年居たけど、外に飛び出せるかな?って考えた。そこで出た答えってのは、ニンジンを例にとると、無農薬、有機でも慣行栽培に負けない外見、もちろん中身は負けないけどね、外見でも負けない人は、円の外に飛び出ることができるって。
で、俺はそれが取れるようになったんだよ。俺はやっぱニンジンが一番メインなんで。やっぱ良いの取れるってことは選別も良くなるんだよ。
【加瀬】もう一つは、B品もちゃんとした値段で買ってくれるところがあるから。農協だと、B品は二束三文だから、微妙なやつもA品に入れちゃうよな。でも俺の場合は、B品もちゃんと売れるから、ちょっとでも気に食わないのはB品に入れる(だからB品にも品質がいいのが入る)
【加瀬】無農薬でも良いのが取れるようになったから、選別も俺の一つのこだわりなんだよ。ニンジンってのは理想の形があって、だいたい味と形が比例するんだよ。形の悪いものは味も悪いだよ。やっぱり美味しいもの作りたいって思ってるから。
【加瀬】俺も迷うもん(笑)
【加瀬】土が十分にできてない畑で無農薬やって、そのデメリットが出ちゃってるのかもね。それに、無農薬やってるから、こういうのは取れて当たり前だ、これぐらいは良いだろうって意識があるのかもね。昔俺もそうだった。だけど今は、無農薬でも慣行栽培に負けないくらいの物が取れるようになったよ。
【加瀬】そうそう、ただそれだけ。だから松野(編者注:取材当時のビオシェルジュ運営会社・株式会社マクミノル代表)が、あそこに種蒔いたら同じニンジン取れるよ。で、俺が違うところに作ったら、良いの取れないから。
【加瀬】一回やってみっか?(笑)
まずは「継続」すること、そこから夢を目指してほしい
【加瀬】見学に来た人に話すんだけど、40年前の俺と君と比べたら、君のほうが上だね、って言うだよ。40年やってると誰でもこうなっだよ。継続は力なりっていう言葉は、まさしくそうなんだよな。石の上にも三年って言葉もあるよね。だから一つ目標を決めて、継続するのをまずは先に考えてくれって言いたいね。
目先のことを考えると、やっぱり無農薬だとか有機だとか、すごい良い響きであったり、人気もあるだろうけど、ただ継続しないと何にもならないんで。
だから有機・無農薬に、俺はあんまりこだわらなくてもいいと思ってる。ただそういう夢だけは捨てないために、全部じゃなくて一部からでも、あとから徐々に農薬を減らしていく、そういう感じで、継続してほしいなって思ってる。まずお金に換えること。
【加瀬】それをやってほしい。無理して途中で挫折しちゃったら、なあ。
とにかく継続は絶対力になるから。それをちょっと言いたいな。
【加瀬】さっきも言ったけど、安定するにに7年ぐらいかかるんだからね。
だから、徐々に減らしていくっていうのを一つやってみてほしいな。で、最終的には無農薬・有機を目指す、みたいな。
【加瀬】ただ、無農薬・有機だけが野菜じゃないけどね。だって日本の有機のシェアって、野菜全体の0.3%だよ。アメリカに行ってきた人に聞いたら、向こうは20%か30%なんだってな。で、いろいろ聞いてみたら、日本は有機=安全・美味しい、なんだけど、アメリカとかヨーロッパは有機=環境に優しい、なんだってな。
【加瀬】で、値段を聞いたら、慣行のリンゴが1ドル29セント、有機は2ドル29セント、倍ぐらい違うだよ。日本だったら、野菜だけを見るから、倍の値段だと売れない。あっちはね、1ドル余計に出しても、環境を守ってくれてるお礼みていだな。で、自分も環境保護に参加してるみたいな、そういう感覚みて~だな。
【加瀬】出来うることならば、日本もね、ちょっとでもいいから環境を意識してくれればありがたいな。野菜だけ見たらね、だいたい3割以上高いと、手が届かないでしょ。
【加瀬】これを買うことで、私は環境を守ってる一員に、みたいな…無理かな(笑)
もう一つは、加瀬さんの農業を私達が守るわ、みたいな、それも無理か?(笑)
でもそれが徐々に広がることによって日本の農業を私達が守る、みたいなね。
取材日: 2017/07/23
今回の対談は、ここまでです。いかがでしたか?
前編でも、ディープなお話を伺っています。併せてご覧ください!
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