有機農業の生産者の方々からディープなお話を伺う企画の第6弾です!
オーガニック野菜との向き合い方、また有機農業の未来など、多方面に語っていただきます。
今回は、ファームさいかちの大内英憲さんです。
長野県北部の山間部、山の頂上近くに開けた高原の畑で、有機栽培を続けてきた若手農家です。美味しい野菜をたくさん作っていらっしゃいますが、特にビーツは、土臭さや苦味がなく、瑞々しく、しかも大玉。サラダで食べても良し、ジュースを絞っても良しの逸品です。
今回の対談では、海外経験もある大内さんに、故郷で新規就農してから経営が安定するまでのお話を伺いました。また、日本と海外のオーガニック事情についても語り合いました。
この日は雨のため、出荷作業場の中でお話を伺いました。
後日、晴れた日に撮影した農園の様子は 本記事の後半 でご紹介します。
【大内】大内英憲さん
農への親しみと海外経験から農家に
【大内】もともと農家ではなかったのですが、小さい頃から近所の畑で遊んでいたり、近くのリンゴ農家さんを手伝ったりしていました。高校の時に環境問題に興味を持ち、卒業後はその先進国だった海外で勉強したくなり、イギリスの大学に行って、その後は日本で会社員になりました。
【大内】安全保障。
【大内】そう(笑) でも結局、農業ってつながっているんですよ。食の安全保障という形でね。
【大内】動機は、ずっとそれです。現代の農業を考えた時に、作り方から、売り方まで、いろいろ問題がありますよね。それについて、自分で農業やりながら考えようと、始めました。
【大内】日系の会社だったんですが、中国に工場を持っている製造業で、入社してすぐに深セン(編者注:センは土偏に川。中国広東省の都市。香港に接する)に勤務しました。10年ほど前ですね。
【大内】当時から色んなことが進んでいて、成長のスピードが早いのを目の当たりにして「あ、こりゃもう駄目だ。サラリーマンやってる場合じゃない、早く帰って農業やんなきゃ」って、思いました。それで会社を辞めたんです。
新規就農から食べていけるようになるまで
【大内】中国から帰国してから「新・農業人フェア」(編者注:リクルートグループが主催する就農支援イベント)に行ってみました。有機農法で野菜をいろいろ作りたいって決めていたので、その条件で探した結果、茨城県の農業法人で研修することになりました。
【大内】その後、長野の実家に帰ってきて、自分の家の近くの畑で試しに作りながら、地元の米農家に1年、あとベテランの有機農家に1年と、通って研修生として働きました。
【大内】ずっと育った場所なので、自分が農業やるって言ったら、地元の人が「ここ使っていいよ」って言ってくれたのと、あとは行政ですね。町役場で「どこか空いてないですか?」って相談すると、空いている農地を紹介してくれました。
【大内】そうそう、あちこちツテはありましたね。何にもない人がぽっと来てやりたいです、って言うのとは、ぜんぜん違うと思います。
農業って、とにかく土地が大事じゃないですか。みんな思い入れがあるし、財産でもある。どう使われるかわからないと思うと、簡単には人に貸さないですよね。
【大内】そんな中でもね、よく知ってる、わかってくれる人から少しずつ貸してもらって、やってきました。もう11年目なんですけど、ある程度の量は作れるようになったので、それを見て、新たに貸してくれるようになった方もいますね。
【大内】え、最初から思ってましたよ(笑)
【大内】でも、はっきりわかったのは、独立してから3年目以降ですね。研修先の社長からも「最初の3年は赤字だよ」って言われましたけど、僕の場合、本当に3年でした。1年目が何十万の赤字、2年目は数万の赤字、3年目でトントン。で、4年目に少し利益が出るようになって、独立5年目で、これはイケると。
【大内】今まで研修先していたところの農業法人の社長やベテラン農家が、その後も心配してくれて紹介してくれています。
【大内】ありがたいですね。
経営を安定させる品目の選び方
【大内】2町歩ぐらいですね。
【大内】でもそのやり方も、ちょっと変えようと思っています。もっと広げていきたいし、人も雇って機械も入れてって、やっていこうと考えています。ただ、人を雇うって、難しいところですよね。
【大内】そうですね。基幹作物というか、ある程度の利益の余裕が出る作物をやらない限り、それも量をやらないと、人は雇えないですね。
【大内】色々考えた結果、根菜を倉庫に貯蔵して、2~3月くらいまで出荷していますし、キノコを作ったりしてます。原木キノコ。
【大内】もともと長野県では、冬の仕事としてキノコ栽培をやってましたね。その延長で、今は菌床を使った施設栽培が盛んです。
【大内】もう5~6年かな。シイタケ、マイタケ、霊芝、とかですね。ただ販売用としては、いろいろ課題があって…今は趣味でやってるようなものです(笑)
【大内】キノコがいつ出てくるのかって、わからないんです。特に原木栽培だと。その年の夏の雨とか天候次第で、かなり変わるんですね。スーパーで売ってもらうには、前もって計画が必要なんですけど、その計画が立たないんです。だから、取れた時に直売所に持って行って売るくらいですね。
【大内】10品目くらいかなー。
【大内】この土地で出来るものと、自分で作れるものと、あと、価格のこと販売することを考えた結果です。
【大内】もういっぱい、いろいろ。この10年は、金になるかわからない話でも、何でもとにかく作らせてもらいました。どんな少量でも、どんな珍しいものでも、どんな大変なことでもね。
【大内】もう30、40種類ぐらいやったんじゃないかな?人によっては100種類とか200種類とか作るので、少ない方だとは思うけど、僕なりに多品目やったんです(笑) その中で、あ、これだったらいけるっていうのがあって、それを残して続けています。
【大内】そうですね、やはり間違いなく売上になるのは、基本的な野菜ですね。ただそれだけだと、利益がほとんど出ないので、経営の面では余裕が無くなってしまいます。そこで、ビーツやケールのような、ちょっと単価が高いとか、作っている人が少ないけど今後伸びそう、という品目を混ぜ込んでやると、経営的に楽になってきます。こうやって話す時間も取れます(笑)
夏に訪問した時に撮影したビーツ畑
大内さんのビーツは大玉で味も良い
【大内】うーん、そっかぁ。一般化してきちゃったか…
【大内】確かに、色もすごい出ますね。一回、味噌汁に入れてみたらすごかった!
欧米と日本 それぞれのオーガニック農業事情
【大内】うちは昔から、添加物や化学調味料の入っていない自然食を食べていて、ケガや病気でも代替医療で直そうとする家庭で、農業やるなら有機以外は考えられなかったですね。
【大内】ホームステイ先にベジタリアンの御宅を選んだんです。その家はもう、オーガニックです。
当時まだ20歳前後の大学生だったので、スーパーまで気にしてなかったんですが、思い返せばオーガニックの店とか八百屋はありましたね。スーパーでは「オーガニック」という表示は見かけなかったと思いますが、当時は遺伝子組み換え(GM)が話題になってて「GMフリー」の表示はスーパーでも貼ってありましたね。
そのうちまた余裕ができたら、海外のオーガニック事情を見に行ってみたいですね。ヨーロッパでも、アメリカでも、10年前と今とでも、全然違いますからね。
【大内】あぁ、なるほど。
半年前(2017年上期)くらいまでは、東京オリンピックがあるからオーガニックの野菜を沢山作ろう!っていう話、よく聞いたんですけどね。行政から農家さんに声がかかってた。でも、東京オリンピックの調達基準が有機JASじゃなくて、GAP(編者注:Good Agricultural Practice 農業生産工程管理)になっちゃったんですよね。
【大内】そうそうGAP。
【大内】そうですね。生産管理って、工場では確かに良いと思うんですけど、ちょっと農業は難しい面がありますよね。
【大内】消費者も、健康とか環境よりも、他のことに関心があるのかも知れませんね。
【大内】合わないと思いますよ。
【大内】そうですね。農家に広まる話じゃないと思いますよ。
農園の様子
対談当日は雨でしたので、後日に再訪し、農園の様子を撮影させていただきました。
山道を車で20分ほど上がった頂上付近、高原のように開けた場所に、農園があります。
周りを囲む雑木林の紅葉がきれいでした。
撮影日は、ねずみ大根の収穫。
収穫期にはご家族の他に、手伝いの方にも来てもらいます。
谷側を振り返れば、アルプスの山並が美しい
こちらは大内さんの農園ではありませんが
麓のリンゴ畑があまりに素敵だったので思わず撮影してしまいました。
大内さんも小さい頃から慣れ親しんだ風景です。
撮影日:2017/11/13
後編「有機の流通の課題と解決」に続きます。
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