分類:ヒユ科ホウレンソウ属
名称:Spinach(英)、epinard(仏)、 ホウレンソウ(日本)
ほうれん草を表す漢字の1つに「菠薐草」というのがあります。菠薐(ポーリン)とは中国語でペルシャを意味しています。これはほうれん草がペルシャからシルクロードを経て中国へ伝わったことから中国で菠薐草と呼ばれ、それが日本に渡ってきて「ポーリン」が「ほうれん」と転訛してほうれん草と呼ばれるようになったと言われています。なお、ほうれん草を表す漢字はその他にも「鳳蓮草」「法蓮草」など複数あります。
栄養豊富な緑黄色野菜の代表として世界中で摂取されているほうれん草は、小松菜などに似ていることからアブラナ科と思われがちですが、ヒユ科ホウレンソウ属の1年草または2年草です。もともとはアカザ科に分類されていましたが、2009年に発表されたAPG植物分類体系においてアカザ科の植物はすべてヒユ科に統合されるようになりました。なお元アカザ科の植物にはビーツや甜菜、おかひじき、不断草(スイスチャード)などがあります。
ほうれん草は、現在ハウス栽培されているものも多いため、通年出回っていますが、本来の旬は11~1月の晩秋から冬にかけてです。この時期のほうれん草は寒さに耐えるために糖度が増して甘く、栄養価が高く、色も濃くて鮮やか。主な生産地は1位が千葉県、2位埼玉県、3位群馬県と関東圏が上位を占めています。季節的に見ると、通年出回っているほうれん草は群馬県のものが多く、秋から春にかけて出回るほうれん草は千葉を中心とした関東圏のもの、夏から秋にかけて出回るほうれん草は北海道などの涼しい地域のものが多いです。
歴史
ほうれん草の野生種は今のところ発見されていないのですが、原産地は中央アジアから西アジアのペルシャ(現在のイラン、アフガニスタン周辺)と言われています。その後、東西に分かれ時間をかけて各国へ伝播しました。東に伝わったほうれん草は東洋種と呼ばれ、葉肉が薄めで葉に切れ込みがあって尖っている「剣葉系」で、西に伝わったものが西洋種と呼ばれ、葉肉が厚く葉の形は丸みのある「丸葉系」であるのが特徴です。
時期的には、7世紀頃にシルクロードを通って中国へ伝わり、11世紀頃にアラビアや北アフリカからスペインに入り、その後ヨーロッパ各地へ広がったそうです。日本へは17世紀(江戸時代初期)頃に中国から東洋種が渡ってきました。クセがなく食べやすいことから日本に広く普及したと言われています。
西洋種も江戸時代末期頃に伝搬しましたが、こちらはアクが強く土臭いためあまり普及しなかったそうです。ほうれん草の需要が急激に伸びたのは第二次世界大戦後のことで、アニメ「ポパイ」の影響にに加え、東洋種である日本在来種とクセのある西洋種の自然交雑種が栽培されたのを機に、さらに品種改良されて食べやすくなったことが要因なのだそうです。
種類
現在栽培されているほうれん草は主に東洋種、西洋種、交雑種に分けられます。
東洋種
日本に最初に入ってきた品種のほうれん草です。葉にギザギザとした深い切れ込みがあり、根元の軸の部分が赤いのが特徴です。肉質は薄くて柔らかく甘味があります。
しかし、害虫がつきやすいなどで栽培が難しいことから激減し、近年ではあまり見かけられなくなりました。アクが少なく食べやすいのでおひたし、鍋料理、和え物などが向いています。代表的な品種には万葉、次郎丸ほうれん草、山形赤根ほうれん草、禹城(うじょう)などがあります。
西洋種
欧米で普及した品種のほうれん草です。葉は丸くて大きめで肉厚、根元の軸の部分は緑色をしているのが特徴です。東洋種に比べて害虫や病気に強く栽培し易いことから東洋種に取って代わる勢いで急速に増えましたが、アクが強く土臭くいため、なかなか家庭に受け入れにくい難点がありました。おひたしなどのシンプルな料理より高温で加熱するソテーやグリルなどに向いています。代表的な品種には、ピロフレー、ミンスターランド、ノーベルなどがあります。
交雑種
東洋種と西洋種のかけ合わせにより生まれたもので、現在市場に出回っているほうれん草のほとんどがこのタイプの一代交配のものです。もともとは東洋種のそばに植えられた西洋種の花粉が飛んだことで自然に交雑種が生まれましたが、現在は東洋種の甘さや食べやすさと西洋種の病気などへの強さといったそれぞれの良さが取り入れられた多くの品種が存在しています。
交雑種の一つであるサラダほうれん草は生食用に品種改良されたもので、主に水耕栽培で生産されています。柔らかい葉と細い茎が特徴で、アクがほとんどなく甘みがあります。主な品種としては、リード、豊葉、アトラス、ミンスター、サラダほうれん草などがあります。
その他
寒じめほうれん草
寒じめほうれん草は、秋に収穫可能な大きさまで育てた後、冬の寒さや霜に当てたものです。ほうれん草自身が凍結するのを避けるために、糖度が高まり、葉も締まって肉厚になり、旨味も甘味も増した状態に変化します。葉が縮まっていることから、別名「ちぢみほうれん草」とも呼ばれています。
寒じめほうれん草の見た目は他のほうれん草のように葉が縦に伸びるのではなく、寒気にさらされて育つことから地に張り付くような姿になります。また一般のほうれん草に比べて味も濃く、ビタミン類やフィトケミカルなどの栄養価も高いのが特徴です。葉に厚みがあることから、生食よりもソテーやボイルするなど加熱調理に向いてます。
スイスチャード
ほうれん草の一種ではないのですが、ほうれん草に似た香りのする葉野菜にスイスチャードというのがあります。スイスチャードはほうれん草と同じヒユ科(元アカザ科)ですが、属しているのはフダンソウ属で、甜菜やビートと同種です。
原産地は地中海沿岸で、軸の色が鮮やかな赤や黄色、白、オレンジなどとカラフルなのが特徴です。これらの色はポリフェノールの一種でベタライン色素によるものです。
英語名は「Swiss chard」ですが、寒さにも暑さにも強く、真冬以外のほぼ一年中栽培されていることから和名として「不断草(フダンソウ)」と名付けられています。また別名として「トキシラズ」や「アマナ」「ンスナバー」などとも呼ばれています。
味に青臭さやエグミなどがなく非常に淡白なので、おひたしや和え物、ソテーなどさまざまな調理に向いています。生食でも食べられるためサラダの彩りに利用されることが多いのですが、若干硬いので軽く下茹でしてから使用したほうが食べやすくなります。
栄養・効能
ほうれん草は、栄養の宝庫とも言える緑黄色野菜です。
ほうれん草に含まれる主な栄養素をあげると、ビタミンACE(ビタミンA(ベータカロテン)、ビタミンC、ビタミンE)やビタミンB群をはじめとするビタミン類、食物繊維、鉄分やカリウム、カルシウム、マンガンなどのミネラル、ルテインなどのフィトケミカルなど多種多様に含まれているのがわかります。
活性酸素を除去し、免疫力を高めるベータカロテン
ベータカロテンは緑黄色野菜などに多く含まれているフィトケミカルで、1930年に発見され、ニンジンの英語名「キャロット」に由来して名付けられたカロテノイドの一種です。
抗酸化作用が高いため活性酸素を除去してくれるので、動脈硬化や心筋梗塞、ガンなどの病気を予防したり、老化防止にも役立ちます。
ベータカロテンはほうれん草100g中に生の状態で4,200μg、茹でた状態だと5,400μgも含まれており、その含有量は野菜の中で、とうがらし、しそ、モロヘイヤ、ニンジンに次ぐ5位と非常に豊富です。ベータカロテンは油や熱に強いため、生で食べるより、ボイルしたりソテーや揚げ物など油と一緒に調理したほうが吸収力がアップします。
実はこのベータカロテンは体内に入ると小腸で必要な分量だけビタミンA(レチノール)に変換されます。ビタミンAには皮膚や粘膜を正常に保つ効果があり、肌の新陳代謝を促して肌に潤いを与えたり、粘膜が正常に保たれることで感染症を予防し、免疫力を高められます。また、目の健康を保つためにも重要な栄養素で、目の角膜を正常に保つことができ、眼精疲労やドライアイ、夜盲症の予防効果があります。
なお、ビタミンAには動物由来のものと植物由来のものがあり、植物由来のビタミンAはベータカロテンから変換されるもので、必要な分だけビタミンAに変換され余分は排出されることから過剰摂取によって障害となることはありません。
貧血予防に最適な鉄分
鉄分もほうれん草に多く含まれている栄養素の一つです。
鉄分にはヘム鉄と非ヘム鉄とがあり、肉や魚などの動物性の食材に含まれているのがヘム鉄、野菜や穀類などの植物性の食材に含まれているものが非ヘム鉄です。どちらの鉄分もその働きは同じで、その主なものとして赤血球の中のヘモグロビンとなって酸素を運搬し二酸化炭素を回収する、というのがあります。
鉄分不足が原因で貧血になりやすいことはみなさんもよくご存知のことですが、その他にも、疲れやすくなったり、イライラしたり、集中力も低下してしまいます。よく女性が鉄分不足になりやすいと言われていますが、その原因として無理なダイエットによる鉄分の摂取不足や、妊娠・出産・授乳などによる必要量の増加、さらには月経や病気などによる損失量の増加があります。
鉄分を摂取するにあたり、ヘム鉄はタンパク質にくるまれていることからそのままでも体内に吸収されやすいのですが、非ヘム鉄は吸収されにくいという性質があります。吸収を良くするためには、ビタミンCや肉や魚などのタンパク質などと一緒に摂取すると効果的です。
ただし、コーヒーや紅茶、緑茶などと一緒に摂取すると、これらに多く含まれるタンニンによって吸収が妨げられてしまうため注意が必要です。
眼精疲労の改善や視機能強化にルテイン
ルテインはベータカロテンと同様、カロテノイドの一種です。
ベータカロテンはカロテン類なのに対し、ルテインはキサントフィル類で、鮭などに多く含まれるアスタキサンチンと同じ分類です。キサントはラテン語で「黄色」フィルは「葉」を意味しています。
ルテインは眼底の網膜の中心部である黄斑部に多く存在しており、その他水晶体や皮膚、大腸などにも存在しています。主な働きは目を保護してくれること。ブルーライト(パソコンやスマートフォン、テレビなどから発せられる有害な青色の光)や紫外線を吸収して目を守ってくれます。
ただし人間の身体の中で作り出すことは出来ないため、食事から摂取することが必要です。ルテインを多く含む野菜は、ほうれん草の他にブロッコリーやパセリ、ケール、カボチャなどがあります。
ルテインは脂溶性成分なので、水に溶けにくく油に溶けやすいのが特徴です。このため、ソテーするなど、油と一緒に調理することがオススメです。
妊婦に大切な葉酸
葉酸はほうれん草の葉から発見された栄養素で、ビタミンB群の一種です。
細胞を生成したり再生する際に必須の栄養素と言われています。このため胎児の身体を作っていくためには欠かせない大切なものです。妊娠時の初期に葉酸を十分に摂取しておくことで胎児が神経管閉鎖障害を発症するリスクを抑えられると言われています。
また、ビタミンB12とともに赤血球を生成するのに使われることから「造血のビタミン」とも呼ばれています。成人において葉酸をしっかり摂取することで循環器系の病気(心筋梗塞や脳卒中など)の発症を軽減されるという研究結果もあります。
葉酸はほうれん草の他、ブロッコリーや豆類、舞茸やエリンギなどのきのこ類、イチゴやアボカドなどの果物に含まれています。水溶性のビタミンなので、過剰に摂取しても尿から排出されるため問題ありません。
なおアルコールの過剰飲酒や、アスピリンや避妊薬のピルを常飲する人は葉酸が欠乏しやすいので注意する必要があります。
骨の形成に重要なマンガン
ほうれん草の根っこの赤い部分ってどうしていますか?捨ててしまう人が多いのではないかと思いますが、実はあの赤い部分に、ミネラルの一種であるマンガンが豊富に含まれているのです。
マンガンは人間の身体のいろいろな組織や臓器に存在しているミネラルです。
マンガンの効能にはさまざまなものがありますが、中でも骨や歯、皮膚などの形成促進に大きく役立っているのです。また、酵素を構成する際の成分になったり、酵素の働きを活性化するのに関わっていて、三大栄養素(タンパク質、糖質、脂質)の代謝に大きく働きかけます。
通常の食生活ではマンガンが不足することはありませんし、摂取量が多かった場合は、便として排泄されるため摂りすぎてもさほど気にする必要は無いのですが、サプリメントなどで過剰に摂取すると、精神障害や、腎臓・肝臓等の障害、免疫力の低下などを引き起こす原因になります。
ほうれん草の根っこの他に、主に生姜やクローブ、シナモンなどといった香辛料や、玉露や煎茶などの緑茶類、油揚げやがんもどき、納豆などといった大豆製品、ひじきや若布、海苔などの海藻類などに多く含まれています。
ほうれん草あれこれ
ほうれん草に含まれるシュウ酸って?
シュウ酸とは、エグミのもとであるアクの成分のことです。シュウ酸は尿管結石など結石の原因となるものです。
以前はカルシウムと一緒に摂取すると体内でカルシウムとシュウ酸が結合し、シュウ酸カルシウムとなって尿管結石などの原因になると言われていました。しかし、シュウ酸は腸の中に存在するカルシウムと結合することで便として排泄され、体内への吸収が抑えられることがわかったため、最近では積極的にカルシウムと一緒に摂取することが推奨されています。
逆に避けたほうがいいのは、肉や卵などの動物性タンパク質、砂糖、塩分などを過剰に摂取すること。これらを多く摂取すると、尿内のカルシウム濃度が高まり、腎臓内でシュウ酸とカルシウムが結合し、それが石の塊となって排泄しにくくなり、尿管結石を引き起こす原因となるのです。
ただし、シュウ酸の危険性はほうれん草を一日に数kg摂取した場合のことなので、毎日大量に摂取しなければ大きな問題にはならないと言われています。
シュウ酸は水溶性のため水に溶けやすい性質です。ほうれん草のようにシュウ酸を多く含むものは、茹でこぼすことである程度シュウ酸を取り除くことが出来るので、どうしても気になる場合は、生食ではなく下茹でしてから調理するといいでしょう。
品種改良によって生まれたサラダほうれん草などは、シュウ酸の含有量が少ないため、生で食べることができます。
ほうれん草の食べ合わせでNGなのは…
よくあるほうれん草の料理に「ほうれん草とベーコンのソテー」がありますね。とても美味しいのですがこれは食べ合わせとしては良くないと言われています。ほうれん草にはシュウ酸の他に硝酸塩が含まれています。また、ベーコンには発色剤として亜硝酸塩が使われており、これがほうれん草の硝酸塩と体内で結合して発がん性物質であるニトロソアミンが生成されてしまうのです。
また、ベーコンにはリン酸も含まれており、ほうれん草の鉄分やカルシウムの吸収が阻害されてしまいます。
その他の食べ合わせNGなものとしては、玄米などの穀類や大豆などの豆類。これらの外皮にはフィチン酸が含まれています。このフィチン酸はほうれん草の鉄分の吸収を妨げてしまうので、こちらもなるべく一緒に摂取することを避けたほうが良いと言われています。
ほうれん草の葉の白いツブツブは何?
ほうれん草の葉に白いツブツブしたものが見られることがあります。これは以前、シュウ酸カリウムの結晶だと言われていましたが、実はシュウ酸、クエン酸、リンゴ酸などの有機酸を含んだ水溶液が袋状になったものであることが農林水産省の調査によって明らかになりました。
また含まれているシュウ酸の濃度も低いことから、特に問題視するほどではないと言われています。
とは言えシュウ酸ですし、また食べた際、ツブツブによってざらつく感じがありますから、よく洗い落として使用することをおすすめします。